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名古屋地方裁判所 平成9年(わ)1509号 判決

本籍

愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字西之町八番地の一

住所

同所同番地

会社役員

小塚宏憲

昭和一六年一月二一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、次のとおり判決する(公判出席検察官中村葉子。弁護人水野敏明、森岡一郎、城正憲)。

主文

被告人を懲役一年及び罰金五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字西之町八番地の一において馬主事業を営む実父小塚美近(平成八年一〇月七日死亡)から依頼されて、その所得税の申告手続に関与したものであるが、自己が更に右申告手続を依頼した坂本行徳こと坂本幸則及び小菅誠並びに右小塚美近と共謀の上、右小塚美近の平成七年分の所得税を免れようとして、架空の顧問料及び接待交際費を計上する方法により所得を秘匿した上、右小塚美近の平成七年分の実際の総所得金額が七一九六万二三七四円であり、これに対する所得税額が二四一四万六五〇〇円であるのに、平成八年二月二九日、名古屋市西区押切二丁目七番二一号所在の所轄名古屋西税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が三〇六八万九七一四円で、これに対する所得税額が三五一万三五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為より、右小塚美近の平成七年度分の正規の所得税額との差額二〇六三万三〇〇〇円を免れたものである(別紙修正損益計算書及び脱税額計算書参照)。

(証拠の標目)

括弧内の記号番号は、検察官請求請求証拠の記号番号(番号は記録上算用数字)である。検察官に対する供述調書は「検察官調書」、大蔵事務官に対する供述調書である質問てん末書は「大蔵事務官調書」と記載する。

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官調書四通(乙一、三、四、六)及び大蔵事務官調書八通(乙八ないし一五)

一  坂本行徳こと坂本幸則の検察官調書(謄本。甲九)

一  小菅誠の検察官調書三通(各謄本。甲一〇ないし一二)

一  森さとみの検察官調書(謄本。甲一三)

一  天野典子の検察官調書(謄本。甲一五)及び大蔵事務官調書(謄本。甲一四)

一  鵜飼春光(謄本。甲八)、近藤香枝子(謄本。甲一六)及び小塚房子(謄本。甲一九)の各大蔵事務官調書

一  名古屋西税務署長作成の証明書(謄本。甲一)

一  大蔵事務官作成の査察官調書三通(各謄本。甲三ないし五)及び脱税額計算書(謄本。甲六)

(補足説明)

被告人は、捜査段階及び第一回公判において、実父の亡小塚美近(以下「美近」という。)とも本件犯行を共謀した事実を認めながら、第三回公判において、美近との共謀の事実を否認する供述をするに至っている。そして、弁護人は、被告人の右第三回公判の供述に基づき、本件は、被告人が美近に無断で坂本及び小菅と共謀して不正に美近の所得税を免れた事案であるとした上、被告人は、納税義務者の身分を有する美近との共謀が認められない限り、所得税法二三八条によって処罰されることはない、また、被告人は、脳梗塞を患った美近の申告を事実上事務管理的に代行していた者にすぎず、同法二四四条一項所定の「代理人、使用人その他の従業者」に該当しないとして、被告人が無罪である旨主張する。

そこで検討するに、前掲関係証拠によると、美近は、被告人の実父で、生前馬主事業を営んでいたが、平成二年四月に脳梗塞を患い、その後遺症で右半身不随になったこと、そのため、長男で美近と同居していた被告人において、美近の跡取りとして、美近の了解の下に必要に応じて美近の馬主事業を代行し、美近から経理や納税の申告手続も全面的に委託されていたことが認められる。

ところで、美近との共謀を否認する被告人の供述は、前述したように、第三回公判に至って初めてされたものであり、その要旨は、「国税の調査があった後、税理士の橋本逸雄から『父親の指示で本件脱税行為をしたことにすれば、あなたの告発だとか起訴はない』と助言されたので、国税の取調官にそのように供述したが、食い違いができてきたので、段々後退した話になって、後から美近に報告したという話になってきた。実際には、美近には『経理を小菅という馬に詳しい人に頼む』と言っただけで、脱税のことは、相談していないし、報告もしていない」というのである。

しかしながら、〈1〉 被告人の大蔵事務官調書を検討すると、被告人において、美近が本件脱税に関わった供述をしているのは、平成九年四月一一日付け大蔵事務官調書(乙一〇)が最初であるが、被告人は、その中で、被告人において、美近の馬主事業や確定申告を代理して行なっていたこと、小菅に対し「税金を払うのがもったいないので、何かいい方法はないか」と相談したこと、小菅から税金が約三〇〇〇万円になると知らされて、小菅に対し、「税金が何とか安くならないか」と相談したこと、その後に美近に税金が約三〇〇〇万円になることを告げて、「小菅さんに税金が安くなる方法を考えてもらう積もりである」と話したところ、美近が「小菅にうまいこと考えてもらえばいいがや。いくらまけてもらいたいのか金額はちゃんと言わないと駄目だぞ」といってくれたこと、その後も、被告人において、小菅や坂本に対し、脱税の工作を依頼し、坂本の指示により、被告人の名で内容虚偽の顧問契約書を作成するなど、専ら被告人が坂本との対応に当たったこと、そして、坂本らに対する報酬も、被告人が合意し、被告人の判断で小菅に渡す二〇万円を上乗せして一四二〇万円を工面し、これを支払ったことなど、被告人が自己の意思で積極的に本件脱税に関わり、美近に対しても、むしろ被告人の方から脱税の話を持ち出して、その了解を得たことを供述している(乙一〇)。このように、被告人の右大蔵事務官調書の内容は、被告人と美近との間では、美近が本件脱税行為を主導した内容にはなっていない。〈2〉 被告人は、検察官調書中でも、本件脱税について、一貫して美近の了解を得ていたことを供述しているところ、その供述内容も、「税務署に不正がばれるのではないかとの不安があったのも事実であり、私の一存で父の馬主事業の所得税の脱税を小菅さんや坂本さんに依頼することにためらいの気持ちがありましたので、父の了解を取ってから小菅さんに返事をすることにした」などと、自己の心理状態について具体的に供述している(乙三)。また、被告人は、右に関連して、検察官調書中で、美近に対して、税金を安くするために架空の四〇〇〇万円の顧問契約を結んだことを告げたが、坂本に報酬として一四〇〇万円を支払わなければならないことまでは話さなかったとして、その理由について、「一四〇〇万円という金額があまりに多額であったことから、父にそのことを話せば、父も驚くと思ったことや、病身の父に心配をかけたくなかったからでした」と供述しているが(乙一〇)、このような込み入った事実を被告人が嘘をついてまで供述したとは考え難い。そのほか、被告人の検察官調書を検討しても、その内容について、特に不自然不理に点は存しない。〈3〉 被告人の供述にあらわれた税理士橋本逸雄も、証人として、被告人の供述するような助言をした事実を明確に否定する供述をしている。

そうすると、被告人の捜査段階の供述は信用できるから、美近は本件脱税行為を了解しており、被告人と共謀したものと認められる。

以上により、本件ほ脱行為について、被告人には、坂本及び小菅だけでなく、美近との間でも共謀が認められるから、判示のとおり認定したものである(なお、付言するに、被告人が美近と共謀していない場合でも、前記認定事実に基づけば、被告人の立場は、美近との関係で、所得税法二四四条一項にいう代理人と認められるから(最高裁判所平成九年一〇月七日第三小法廷決定・刑集五一巻九号七一六頁参照)、被告人は、同条項の規定によって、同法二三八条の刑責を免れないところである。)。

(法令の適用)

一  罰条 所得税法二三八条、刑法六〇条、六五条一項

二  刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を選択

三  労役場留置 刑法一八条

四  懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、実父から税務申告を任されていた被告人が、自己の経営する会社の資金繰りに窮して実父の金を当てにしていたことなどから、馬主事業をしていた実父の所得を多く残すために、判示共犯者らと共謀して敢行した所得税法違反の事案であり、ほ脱額が多い上、ほ脱率も約八五パーセントと高率であり、その刑事責任は軽視できない。

他方、量刑上酌むべき点として、被告人には、前科がないこと、自己の脱税行為を反省していること、脱税工作を具体化したのは共犯者の坂本らであること、修正申告がされ、加算税や延滞税なども納付されていることなどの事情がある。

こうした事情及び記録にあらわれたその他の諸事情を総合考慮して、主文の刑を量定し、懲役刑の執行を猶予することとする。

(裁判官 三宅俊一郎)

修正損益計算書

〈小塚美近〉

自 平成7年1月1日

至 平成7年12月31日

〈省略〉

脱税額計算書

(小塚美近)

自 平成7年1月1日

至 平成7年12月31日

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

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